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東京地方裁判所 昭和27年(モ)7219号 判決

債権者 舟橋六助 外六名

債務者 学校法人東京薬科大学

一、主  文

債権者等と債務者間の、当庁昭和二十七年(ヨ)第三、一〇三号不動産仮処分事件について、当裁判所が同年七月八日に為した決定はこれを取消す。

債権者等の本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は債権者等の負担とする。

第一項に限り、仮に執行することが出来る。

二、事  実

債権者等訴訟代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定を認可する旨の判決を求め、その原因として、

債権者等の居住する東京都台東区上野桜木町の全地域は、もと申請外寛永寺の所有であつたところ、同寺が今より約六十年以前の明治二十三年中に、現存する多くの私道を創設して右地域の分割賃貸を開始し、これ等の私道を賃借人等の公道に至る通路としてその使用に供して今日に至つたものである。而して債権者等は各肩書の土地をその居住地として、債務者は上野桜木町二十八番地の一の土地を同大学女子部校舎敷地として夫々賃借し、別紙目録<省略>掲記の土地(以下本件私道と略称する)を含む前記私道を何れも通路として使用して来たものである。

然るに、終戦後の経済事情の変動から、寛永寺は昭和二十三年以来主として地上建物の所有者に其の敷地である前記賃貸土地を分譲することになり、債権者の大多数及び債務者は何れもその賃借地を買受けてその所有権を取得した。ところで債務者は前記女子部校舎敷地の外にこれに隣接する同町二十七番の六の土地所有権並びに本件私道の土地所有権をも寛永寺よりその頃買受け取得したのであるが昭和二十七年六月十八日突如前記女子部校舎敷地と右同町二十六番の七の宅地間に介在する本件私道の両端を板塀及び扉を以て遮断閉鎖し、債権者等を含む桜木町住民一般の通行を禁止してしまつた。右債務者の行為は、以下に述べる理由により、債権者等の通行権を侵害する不法不当の処置である。

(一)  契約による地役権の存在

前記の事情で寛永寺が私道を設置して土地を賃貸したのであるから、その賃貸の際同時に寛永寺と各土地賃借人間に黙示の地役権設定契約があつたものと謂わなければならない。即ち別紙地役権表<省略>の借地権並びに地役権取得時欄に記載された時に、取得者欄に示す各取得者により取得され、更に承継時、承継人欄に示す各時期に、各承継人により承継されて債権者等が最終の承継人となつたものである。尤も右地役権については登記がしてないが、債務者も本件私道を取得する以前から債権者等と全く同一の法律上の地位にあつたのであり、嘗ての地役権者の一人として以上の事実を知悉して居たのであるから、債務者を以て所謂第三者と謂うことは出来ないから、債務者は右登記の欠缺を理由として本件地役権を否認することは出来ない。

(二)  時効取得による地役権の存在

仮りに契約による地役権がないとしても、別紙地役権表記載の債権者等の前主等は、夫々本件私道をその創設の時たる明治二十三年以来平穏公然に占有して継続且表現的に通行のため使用し、債権者等はこれを承継して居り、その通行開始の時から二十年の経過によつて既に地役権の取得時効が完成して居るから、茲にこれを援用する。又仮りに本件私道の設定時期が、公簿(土地台帳)に表示されて居る明治四十二年十二月六日であるとしても、この時から二十年を経過した昭和四年十二月五日には時効が完成したことになるから、茲に同じくこれを援用する。尚右地役権の時効取得についても登記がないが、これは時効による取得は原始的取得であることと、(一)に記載したと同じ理由により登記がなくても債務者に対抗し得るものである。

(三)  隣地通行権の存在

仮りに右の権利が認められないとしても、本件私道はその、東、南、西には債権者等を含む約七十世帯、三十余棟の家屋があり、その住民にとつて公道へ出るための要路であり、本件私道以外にも公道に通ずる道はあつても、それによれば約三倍の迂廻路となり、物理的には可能であつても、文化社会の集団生活上は不可能を強いることになる。また火災等の緊急事態発生の場合は由々しい結果を惹起する虞れすらあるので、斯の如き状況では本件私道の東、南、西に位する土地は所謂袋地又は準袋地と称すべきもので、従つて当然相隣関係の民法の規定(第二百十条)の法理の適用により、本件私道について、債権者等は隣地通行権を主張するものである。

(四)  権利の濫用

仮りに以上何れの権利もないとしても、債務者が永年道路として使用されて来た本件私道の所有権を取得したからとて、道路の公共性、恒久性、文化性、社会性等を無視してこれを俄に閉鎖するが如きは、甚だしい暴挙で、民法第一条第三項に所謂権利の濫用であり法律上許されざる行為である。

以上に述べた様な債権者等の権利を侵害して為した債務者の行為により、債権者等は勿論、上野桜木町一帯の住民は総て本件私道の使用不能により、夥しい損害を蒙りつつあり、殊に火災等の場合にはその生命財産の危険さえあるので、債権者等は債務者を相手として地役権等存在確認の訴を提起しようと準備中であるが、債務者の前記行為により惹起された急迫なる状態を防ぐため、当庁に「債務者は別紙目録記載の道路上に設置してある門及び柵等の妨害物を撤去しなければならない。債務者において前項の命令を実行しない時は債権者等の委任する東京地方裁判所執行吏は適当な方法で右妨害物を撤去しなければならない。債務者は右通路上に妨害物を設け、又は債権者等の右通路上通行の妨げとなる一切の行為をしてはならない。」旨の仮処分申請をしたので、これを認容した原決定は至当である、と陳述した。<立証省略>

債務者訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、債権者主張事実中、上野桜木町の全地域がもと寛永寺の所有地であり、債権者等及び債務者が何れもその主張の如く土地賃借人であつたこと、終戦後寛永寺がその所有地の分譲を始め、債権者の多数及び債務者がその賃借地の所有権を取得したこと、債務者が女子部校舎の敷地の隣接土地の所有権を取得し、その両地間に介在する本件私道の所有権も取得してその両端を閉鎖したことは何れも認めるが、其の余の事実は総てこれを否認する。本件私道の敷地は、もと上野桜木町三十一番(旧地番)宅地七百四十六坪二合七勺中に包含されて居り、明治三十年八月十五日右宅地所有者たる寛永寺より故下山順一郎等が借受けて、同地上に債務者の前身である私立東京薬学校を創設し、その当初は本件私道の敷地の部分は空地のまま保存して居た。寛永寺が同校舎の南側の所有地(債権者等の居住一帯)に私道を設けて区劃してこれを貸しつけることになつたのは右校舎の新築落成後のことである。而して其の後同校は、生徒の登校の便宜を計つて本件私道を通用路として開設したが、特に債権者等に通行権を許可したものではなく、只債権者等が無断でこれを通行したに過ぎない。大正二年七月一日同校の右借地の地代額改定に当り、本件私道を生徒の登校用通路として免税地となすため、その所有者たる寛永寺に於て私設道路に地目変換手続を為し、その頃同校の借地の内右私道の東側の部分はこれを寛永寺に返還し、同寺はこれを他の土地と合筆して同町二十七番の六、宅地三百一坪としてこれを申請外朝倉文夫に賃貸し、右朝倉は同地上に朝倉彫塑塾を設立して本件私道を債務者と共用して居たところ、終戦後債務者が大学に昇格するために、校舎敷地を拡張する必要に迫られたので、右朝倉はその借地三百一坪の借地権及びその地上の建物一切を債務者に贈与し、茲に債務者は再び本件私道を専用することになつたのである。斯くして昭和二十五年三月債務者は寛永寺より、その校舎敷地たる同町二十八番の一宅地六百三十八坪一合八勺及び右二十七番の六宅地三百一坪を買受け、更に同年五月本件私道の敷地を買受けてその各所有権を取得し、昭和二十七年八月には右私道を廃道となしてその地目を宅地に変換したものである。

債権者等は本件私道に対し通行地役権があると主張するが、本件私道について債権者が所有権を取得する以前に債務者に対抗し得る地役権の登記もなく、その後債務者に於て債権者等のために地役権を設定したこともない。従つて債権者等が右地役権の存在を主張する謂われはないわけである。

また債権者等は、本件私道を閉鎖することにより、債権者等の所有地又は借地が袋地化すると主張するが債権者等の住居地は何れも私道に接し右私道は更にその西方及び南方に夫々走つて居る幅員九米の公道及び東方に走つて居るコンクリート舗装の私道に各通じて居り、何等交通上並びに保安上支障はない筈である。更に債権者等は債務者の行為を権利の濫用であると主張するが、本件私道は前述の事情からしても明らかな通り、債務者の完全な所有地で且専用の私道であり、これを監督行政庁たる東京都の承認を得て廃道となしたものであり、而もそれは大学に昇格のため学生の体育施設を為す用地として必要に迫られて為したものである。従て本件私道を閉鎖した債務者の所為は正当な権利の行使であり債権者等にこれを阻止する何らの権利はない。然らば本件仮処分決定は不当であるから取消さるべきものである、と陳述した。<立証省略>

三、理  由

債権者等は先ず別紙目録記載の土地につき通行地役権を有する旨主張するによりこの点を検討して見ると、民法第二百八十条には地役権は他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有する旨を規定し、同条に所謂自己の土地とは自己の所有地と解するを穏当とすべきものであるのみならず、同法第二百八十一条にも亦地役権は要役地の所有権の従としてこれと共に移転する旨を規定してあることから、推究すると、我が民法上は地役権の主体たり得べきものは原則として土地の所有者に限り、或いは少なくとも相隣者の関係に於て土地所有者に準ずべき権利義務を有する。例えば地上権者の如き物権者に限るものと解することを相当とするから、他人の土地の一部を賃借する者が、他の部分を自己の借地に通ずる道路としてその便宜に供して居たとしても、これを目して黙示の契約による地役権の設定があつたものとはなし得ないし、またこれを継続して通行して居たからとて通行地役権の時効取得の対象になるものと解することは出来ない。それ故に本件に於ても債権者或はその前者らが各自所有の建物の敷地を寛永寺から賃借中に契約又は時効により本件私道につき地役権を取得したりとなす債権者等の主張はそれ自体理由がない。

次に隣地通行権の存在の点については、成立に争のない乙第一号証の三、四同第二号証及び同第五号証によれば、本件私道を閉鎖しても債権者等の所有地又は賃借地は何れも私道に接して居り、その各私道はその西方及び南方に比較的近いところに走る公道や東方僅かの地点を走る比較的大きな私道に夫々容易に通じて居り、従つて何等袋地乃至袋地化する様なものではない。斯かる状況からしては債権者等が本件私道上に民法第二百十条にもとずく隣地通行権を有するとの主張も採用し難い。

更に権利の濫用の点については、債務者が本件私道を閉鎖すると債権者等は右道路の北側に走る公道に出るため少しく迂廻路をとる必要が起り、債権者らの日常生活に不便を感ずるに至ることは察せられる。然し火災等の緊急事態が起つたからとて債権者等の主張するような危険を生ずる虞れのないことは前示認定の債権者等の住居附近の通路の状況よりして疏明せられる。これに反して、前顕乙第二号証及び証人寺阪正信、可児重一、竹原勇の各証言によれば、債務者は大学に昇格した条件として、文部省より女子学部の学生の体育施設の緊急拡充を要求され、本件私道の敷地を運動場の一部に充当することの已むなき状態であつたので、寛永寺より本件私道をも買取り、東京都の承認を得て廃道の手続も完了して居るものであることが推認される。右の各事実を綜合すると債務者が本件私道の両端を閉鎖した行為は債務者学校の経営の必要上なされた正当な権利行使の範囲内に属し、これを目して権利の濫用と謂うことは出来ないものと考えられる。

以上の如くであるから、本件仮処分申請はその被保全権利につき疏明なきに帰するので、先に債権者等の申請を容れてなした前掲仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条本文、第八十九条、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 谷口茂栄 田中正一 高津環)

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